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恋情というのは、どんな人物にとっても恐ろしく強力で、途轍もなく理不尽で。
どれほど自負を持つ人でも不安になるし、逆に聡明な自信家をお馬鹿にしもする。
そんな所業なんて好きな相手へするものじゃあないと頭で知識で知っているのに
ついつい気を引こうとちょっかいを出しすぎたり、
逆に相手の他愛ない冗談を真に受けて傷ついたり。
あれほど好かれているというに何でと仰天するほど自信を無くして相談してきたり。
初々しい若者にだけの熱病ではないが、
それでも混乱しやすいのは
経験が浅いからこその不安定さからとなろう場合が多いのも致し方なくって…。
春も進んで日も長くなり。
夕刻すぎてもいつまでも白々と明るい宵が続くようになって。
ぼんやりとした霞が掛かっているかのような宵へ、
それでもさすがに7時8時ともなれば心地のいい夜陰がやっと降りての良い夜が訪れる。
「…だざいさん?」
「ん〜、なぁに?」
さほど人通りはないようだが それでも全くの無人というわけでもない中通り。
やや古い土地ならではで、
情緒あふるる漆喰の白壁とレンガの縁石が続く雰囲気のいい小道の傍にて、
不意に壁へと追い詰められてのいわゆる“壁ドン”状態に置かれてしまい。
相変わらずに師弟感覚が抜けぬままなため、何をされてもご随意にと思ってはいるものの、
人目がありそうな場所となるとそこはやはり含羞が襲う。
ずば抜けて長身で 精悍にして伸びやかな体つき、
身体のあちこちに痛々しくも包帯を覗かせているというどこか謎めいた御仁なれど、
でもでも ようよう見れば手入れの悪そうな蓬髪の影には
瑞々しいまでの端正なお顔と来て。
別にそういう風貌だからという順番で惹かれたわけではないが、
聡明で果断に富み、過激なまでに行動力もあって、
そりゃあ冷徹だった師匠が、
気を許した相手にだけは玲瓏透徹なお顔をし、
しかもをそれを ふっと寂しげに陰らせられちゃあ 逆らう矛先も鈍りもしよう。
ほらほら甘えてよという傾向には 畏れ多いですという方向での対処も取れるが、
それこそ手管の1つ、甘えてあ・げ・る という態度になられては、
慣れないにもほどがあり、
ますますと舞い上がって挙動不審になってしまうから困りもの。
「あ、あの…。」
色んな意味から“困ります”と訴えたいのも重々お見通しだが、
プライヴェートなんだからと 太宰としても我を優先し、聞いてなんかやらない。
芥川の側もいつものあの黒外套ではなく、
誰のチョイスなのだか、やや甘いグレーが基調のジャケットスーツに
スタンドカラーのデザインシャツと細身のトラウザーパンツという装い。
理系男子風の痩躯といい、年嵩の連れに圧倒され気味でいる態度といい、
とてもではないがそれは物騒な災害指定害獣、もとえ、指名手配犯には見えなかろう。
「大丈夫だよ、こんな薄暗がりだもの、きっとただのカップルだと思われるだけ。」
「……。///////」
「あ、女の子にしか見えないというのはキミへの侮辱になるかな?」
「いえ…そのくらいは」
体躯の差は今更だし、構いはしませんがと ごにょごにょりを洩らすところが、
太宰にすればまた可愛い。
それこそ今更、世間が言うところの禍狗だの死神だのという種の恐れはないし、
前々ならば 裏切り者めと憤怒の顔ばかりしていたそれが、
マフィアとして凛然としていても自分へはあっさりとこういう顔になるところ、
本当に愛しいと、それこそ自分もデレている若師匠だったりし。
“少しは洒落っけも出てきたようだが。”
身なりに気を遣うなぞ、雑踏に身を顰めるための術でしかなかったに違いなく、
非番はもっぱら、どこぞかへ身をひそめているのだろう誰かさんを探すことに費やしているだけだったろうしで。
おとうと弟子の虎の仔へ助言できるまでには至っておらず。
奇しくも、あの子が思うお人と直近までこの子の傍らにいた人物が同じなため、
センスの物差しが同じかもしれないのでアドバイスに支障はなさそうだが、
“それだと私が面白くない。”
日頃の冷静さや聡明さはどこへやら。
いきおい感情的になるお師匠様なのがまた、大人げなくて困りもの。
少しずつ暮色も薄れての墨色が濃くなってきた宵の中。
この辺りは遅咲きの八重桜が有名で、
それもあっての夜景見物にと繰り出したやや郊外の古刹の街にて、
久方ぶりのお出掛けとなった逢瀬だったのへ
隠し切れない嬉しそうなお顔にそそられてしまい、ついつい悪戯っ気が出てしまっての、
困らせたい半分、このまま口説きたい気分半分で、
やや強引に迫って、もとえアプローチを仕掛けた太宰だったが。
「…? 芥川くん?」
困ったように、でもでもそれだけじゃあない複雑そうな顔。
困りますからと振りほどけなくって、
それって上下関係からだけじゃあなく、そうまで慕っているからでもあって。
太宰が余裕綽々なのは常のことだが、
そんな気持が全部見透かされているようで それも恥ずかしいとか
この子にしちゃあ随分と繊細なところが育ったなぁなんて
こっそりながら感慨深く思っていたれば、
そんな太宰の鼻先で、ふっと何か別なものに気付いたような顔になっており。
こんな甘いタイミングへ一体何へよそ見しているのと、正直ムッとしかけたものの、
どうしたのだと訊きかかった太宰だったが、そんな思いが言葉になる直前、
「………って、だから待てよ。」
「知りません。放っといてくださいっ。」
何やら穏やかならない言い争いの声が道の向こうから近づいてくるのを、
こんなオフにあっても感知力に冴えた耳が 残念ながら拾っており。
単に通りすがりの誰かであれば、
さっきまでの心映えのまま そんなもの無視していいと、
何なら大柄なこの身で覆いかぶさって隠すことだって厭わないぞと思ったところだったれど。
「…え?」
「人虎?」
「何で蛞蝓が沸いて出るかな。」
「こっちのセリフだ、こンの糞サバっ。」
どれほど相性がいいものなやら、気が合うにもほどがある、
同じ場所にて逢瀬と相なっていたらしき知己の二人。
ポートマフィアの五大幹部、素敵帽子の君こと、中原中也さんと、
武装探偵社の前衛担当、
まだまだ新米ですが修羅場には強いぞの頼もしき調査員、
月下獣の中島敦くんの二人連れが、
何やら口論しつつこちらへやって来ていたのと鉢合わせた、
太宰治氏と芥川龍之介さんだったのだった。
to be continued.(19.03.26.〜)
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*遅咲きの桜といや八重桜ですが、早咲きは山桜系ですね。
寒緋桜や河津桜もこっちじゃなかったかな?
桜が絡む話にしたかったのですが、
見どころの時期が短いのにもたついてて
なんかバタバタした仕儀になっちゃいました。
もうGWだというに すいませんです。
*此処に書くのはどうかと思ったんですが、
女護ヶ島編の方の 織田作さんの描写というか書きようが、
ちと混乱するような按配になってるようで。
“アンビバレンツとジレンマ”の中では
原作軸に添うて
太宰さんへ佳い人間になれと言って亡くなったという描写にしておりますが、
“東西の聖なる日々の狭間にて”で、
織田作さんが死んでいなくて、異能特務課の工作員になっております。
独立したお話でありながら時系列がありまして、
続きものとしてお読みいただいておれば問題ないのですが、
単発でその後のお話とか読んでらっしゃると混乱するかもですね。
後者の方でちらと触れてますが、
安吾さんが手を回し、殺されたことにした上でこそりと逃がしてます。
ということにしないと、織田さん書けないしぃvv (おいおい)

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